昭和44年10月8日 青年会に対する御理解
中村良一
ご挨拶の中に、えー、この険しい、えー、世のなかに、本当の人間の幸せのいき方ということが、追求され、求められておる時、えー、金光大神の、いわゆる、生きられ方というものが、どのように素晴らしいものか、これが、世の多くの人達に、いー、それと合点して貰えれる、おかげを頂くために、信奉者の、一人一人が、その自覚に立っての信心がなされなければならんと言う意味の事をご挨拶になりましたが、それを聞かせていただくなら、確かにですね、もう、それは、それぞれの立場、それぞれの、おー、いき方がありましょうけれども、いわゆる、本当のいき方と、その、本当のいき方という、それを求めているわけですけれども、やはり、教祖が生きられた、生きられ方を分からせてもらう。いわゆる、神も助かり、氏子も立ち行くという生き方なんです。ね。この、神も助かるというところに、人間の全ての幸せがあるんですよ。神も助かるという生き方。人間、全ての人間の幸せの、幸せの生き方があるのです。ですから、あー、ここのところを一つ、お互い、本気で追求させてもらってですね。確かに、現代の、おー、その、様相と言うものを見るときです。誰も不幸せになるようにとは、一つも思ってないのですよ。ね。えー、様々なその、生き方があるが、その生き方の焦点は、幸せになるということなんですね。また、あー、例えば、お国の中心になる人達の考えも、やはり、同じことだろうとこう思うのです。そしてその、本当のいき方というものが、分からんでおるわけなんです。それを、ほんなら、金光大神の生き方が、どのように素晴らしいものかと。なら、その金光大神の生き方というのは、あー、例えて言うと、おー、聖者のような生き方と、おー、特別の人だけの生き方といったようなものじゃなくてです。いわゆる、この、神も助かるという生き方なんです。それはもう、神も立ち行く、神も助かるという生き方はね、えー、その生き方を、みやすう御教え下さり、また、自分のいき方を持って、示しておられるわけなんです。だから、もう、私共は、だといや、そこに焦点を置いたら良い訳なんですよね。ね。ですから、その、正しいとか、本当な、その生き方とか、それを私共は、あー、御道の信心によって、えー、求める。また、その生き方を追求すると。(けいとらおうんを言うと?)おー、金光大神の生きられ方というものを、私共の生活の上に頂こうといういき方。それを、また言葉で言うと、神も助かるという生き方なんである。そこには、氏子も立ち行くという、幸せなあり方になってなってくるということをですね。私共は、その、信じておるわけですけども、ですから、そこに焦点を置くより他にないわけなんです。ね。
今日も、あの、末永さんが、本当にこの、日々改まるということ。もう、これが信心だという事を、最近、ようやく分からせて頂く気がすると。先生が言われる、限りなく美しくなろうという内容の持つその、素晴らしさという事を、最近、ようやく分からせて頂くような気がするというんですが、合楽、全信奉者の人が、それを知らないはずはないのですけれども、本当にですね、いわゆる、自分の魂が、本当にそう思うと言うのでなからねばならんのです。そういう意味合いで、いわば、あの、末永さんの魂が、そういう意味合いにおいて、目覚めてきたという事が言えましょう。限りなく美しゅうなろうということが、どのように素晴らしいという事かと。言うことなんですよね。そこにあの、神も助かるという生き方が自ずと出てくるわけです。今度、おー、記念祭の、おー、御直会に、この、金光大神覚えという、これはまあ、それこそ、宝物のような、これは、ご本ですね。今度、教会にこれを、ご直会として頂いてまいりました。教祖の神様が、神様から、あー、御神命によって、ご自身がお生まれになられる。私はその、本当に、思ってたんですけどね。教祖様がお生まれになるときに、丁度、氏神様のお祭りの日であったと、おー、言うようなことが言われるけども、なんかこう、粉飾というかね、まあ、あー、のような感じで今まで聞いとったんです。ところが、ちょっと、教祖様の、おー、その、おー、この、覚書を見せていただきますとですね。そこんところから、書き起こしておられます。ご自身がお生まれになられたところからですね。丁度、何とか明神様のお祭りの、暮れ六つに、いーその、教祖様が、この世に、うぶの声を上げられたという事なんですね。それを、ご自分の、いわゆる、そのー、金光大神独特の、いわゆる書き方でね、書いて、それが、あー、ほとんど金光大神のご生涯を、おー、書き留めておられる、その覚書がですね、こうして、一枚一枚、写真になって、しかもそれに、ずーっと、おー、そらもう、大変な難しい、その読み方があるんですよね。読み方をしておられるんです。もう、自分の知っておられる、漢字の殆どを、色んな言葉に当てはめて、書いておられます。それを、まあ、班字紋(はんじもん)のようです。ですから、横に、それを説明が出ておりますが、まあ、それをその、それはともかくとしましてですね、一遍、私はあの、おー、拝見さして頂く必要があると思うです。そして、金光大神の生きられ方というものが、どのように、その、神も助かられるいき方であったかということ。そこに、金光教が、成り立ったわけですよね。そういう生き方が、本当の意味においてその、おー、世の中の、全ての人が、その末永さんじゃないけれども、こういう生き方があるんだと。こういう生き方こそ、人間が、真実、幸せになれれるんだ。神も立ち行くんだという事を、思い込ませていただけるという事は、大変なことでしょうけれどもです。私は、そういう意味で、この金光大神覚えというのが、大変、尊いご本だと、こう思います。どうぞ後で、これをご覧になって、えー、これから、またあの、研修される、または、教学される、うー、まあ、基本になるご本だと思いますから、どうぞ皆さん達、今晩、ご覧になってください。どうぞ。